松山市出身。カンボジア・現地人材会社マネージャー、原畑実央さん(24歳)①

松山大学卒業後、アリババ勤務を経てカンボジアへ

原畑 実央さん(24歳)※取材時の年齢

プノンペン愛媛県人会会長でもある原畑さん。
カンボジアにきて1年とは思えないほどその存在感は大きい。
そんな彼女がカンボジアに来た思いとは。

流されやすかった少女時代から、確固たる意思をもって行動したいと思ったきっかけとは。
お話を伺いました。

原畑さんの生まれについて教えてください。

愛媛県松山市の福音寺町で生まれ、大学卒業時まで実家で過ごしました。
1992年生まれの現在24歳です。

プノンペンの愛媛会の会長として同会をけん引するパワフルなお方ですが、小さい時からパワフルな性格なのですか?

小さい頃から出たがりな性格だったと思います。
幼い頃の記憶は鮮明には残っていませんが、物心ついた時から「周りから変わっているね」と言われるようになっていましたね。

学生時代の活動について教えてください。

ドラマ「エースをねらえ」に影響を受け、中学校ではテニス部に所属したものの、運動が得意ではないことが分かり、高校生になってからは美術部に所属しました。
しかし、絵も得意ではなかったみたいで(笑)

大学は松山大学の経済学部です。
しかし特に強い意思も無く、県外は親の反対があったという理由で松山大学に入学しました。

大学では人の役に立ちたいという思いから、いくつかのボランティア団体に所属し活動していました。
東日本大震災では学生ボランティアとして東北を訪れ、がれき撤去や再建築の補助作業などを行い、また松山市内で清掃活動や子供に対する活動なども行いました。

あとは、大学内の障がいを持った学生の支援ですね。
障がい者支援団体に入り、授業を通して聴覚障がいを持った学生の支援を行っていました。

大学入学時には強い意思を持っていなかった原畑さんですが、今のように強い思いをもったきっかけは何ですか?

大学2年生の夏に、助成金を貰い海外へ行く機会がありました。
その時、カナダで出会った同年代の日本人に影響を受けたのがきっかけです。
同年代にもこんな人がいるのだなと驚きを受けました。

その後、長期休暇を有効活用する方法は海外に行くことだと思い、海外や東京を頻繁に訪れるようになりました。
カナダ、アメリカ、タイ、ベトナム、カンボジア、インドネシア等、様々な国を訪れました。
そこから意識が変わるようになったと思います。
今でも最も影響を受けた人、それが現在東京でIT会社を起業している、私がカナダで出会った友人です。

意思が強いか強くないかは紙一重だと思います。
きっかけがあるか無いか、きっかけを掴めるか掴めないかだと思うんです。
その経験があったからこそ、自分が得たようなきっかけを自分が作りたいと感じるようになり、愛媛県内でセミナーも実施しました。

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