目標なんて無かった。本当に好きなことに出会うまでは。
高城 七緒さん(36歳)※取材時の年齢
- 台湾在住歴1年半
- 愛媛県伊予市出身
- 22歳のときの上海旅行をきっかけに、中国文化に更にのめり込み、独学で中国語を勉強。
- 松山で介護の仕事をしたのち、12年越しの夢を叶え、念願の台湾在住となる。
小学校くらいからかな?地球儀が家にあって、「この国はどんなんだろう。行ってみたいな」って考えるのが好きでした。
なので学生時代も、算数とかは出来ないのに社会とか地理は抜群に良かったです(笑)
アジアを中心に気になっていました。
高校を卒業してからも、手に職かなと思い、介護の勉強をして、介護職に就きました。
おじいちゃんおばあちゃんのお世話も嫌いじゃなかったんですよ。
ただ、嫌いじゃないけど熱中するまでには火が付かなかった。
学生時代も卓球部に入ったのですが、そういえばそこまで熱中したっていうのは無かったですね。
22歳の上海旅行で、スイッチが入った
昔から中華の文化や中国の建物、雰囲気が好きだったので、念願叶ったと思いましたね(笑)
悪いところも見えた上海旅行でした。
お金持ちの人は高級ブランドの通りを颯爽と歩いて、ただ一本裏に入ったら貧しい子供たちがお金をくれっていう。道が一本違うだけでこんなに違うのかと。
その時に、日本だけで知っている知識って本当に小さいんだなと思ったんです。
日本っていう箱に入っている感覚がして…「それを変えたい。もっと知りたい」と思いました。
インターネットの発達で、台湾の良さを知る
中国語の勉強を始めたのも、その時からなんですよ。
もちろん感覚で伝わる部分はあるんですが、初めは「現地の人たちがなんて言ってるんだろう。言ってることを理解したい」と思ったのがきっかけです。
ただ、愛媛県で中国語教室をどうやって調べればいいか分からず、最初は独学でした。
そこから、東雲大学でやっている社会人向けの短期講座に行って。
そこで基礎を学んで、インターネットで見た文章を辞書片手に訳したり、歌の歌詞を訳してみたり。
時間があいたときに、ゆっくり中国語の勉強をやっていた感じです。
知れば知るほど嬉しくなったので、勉強は全然苦痛じゃなかったですね。
でも、そこまでインパクトを与えてくれた上海じゃなくて、今回台湾を選んだきっかけはなんだったんですか?
でも、それが進化して色々調べられるようになって。
そのときに、台湾と日本って仲良いんだなって知ったのと、あとは中国大陸と台湾って漢字が違うんですよね。
中国大陸は簡体字、台湾は繁体字を使うんですが、簡体字って省略されてるから漢字っぽくない(笑)
台湾の方が日本と似てるなって、親近感がわきました。
でも行ってすぐに、住もう!って思ったんですか?
一番初めは、10年くらい前に1か月半台湾に住みました。
そのときは、語学を勉強していましたね。
その後日本に帰ったんですが、夢は心に残ったまま。住みたいなって思いながら、旅行で行き来していました。
「居場所はもっと色んなところに作れるかもしれない。」
1年半前、台湾に行くきっかけはなんだったんですか?
箱にはまった世界を窮屈に感じてたんですよね(笑)
「居場所はもっと色んなところに作れるかもしれない。」そう思って。
それで一念発起して、語学をもう一回学び直そうと台湾の大学に行きました。
何社か受けましたが、日本のお客様に台湾を紹介するっていうのに魅力を感じましたね。
学生時代は目標が無かったという七緒さん。しかし、22歳での上海旅行が転機になり、大好きなことを12年かけてゆっくり育んでいきました。
次回、台湾でのお仕事や今の夢など。台湾ならではの魅力についてもたっぷり語って頂きます!
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今回は「目標とかわからんし」「やりたいことはあるけど、一歩踏み出せん」そんな方にこそ、見て頂きたいですね。
そもそも、なぜ海外に興味を持たれたんですか?